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早川タダノリ
@hayakawa2600@fedibird.com
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編集業。하야카와 타다노리 。『神国日本のトンデモ決戦生活』(合同出版→ちくま文庫)『原発ユートピア日本』(合同出版)『「愛国」の技法』(青弓社)『憎悪の広告』(共著、合同出版)『「日本スゴイ」のディストピア』(青弓社→朝日新聞出版)あり。 真理が我らを自由にする&労働が我らを自由にする。
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Joined November 20, 2022
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高野長英も自刃後の遺体に塩が詰められて保管され、のちに死罪の申し渡しを経て遺体が斬首された。遺体は小塚原刑場に取り捨てにされた。こういう例はいくらでもあろう
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では、最初からその「外側」に置かれていた人間には、何が見えていたのか。
「もちろんナチの世界にあって、これを全体として「原理的」に批判していた人間、あるいはユダヤ人のようにはじめから権力によって法の保護の外におかれる蓋然性をもったグループ、さらにまたグライヒシャルトゥングの進行過程において、内側から外側にはじき出されて行った人間――要するにナチの迫害の直接目標になった人間にとっては、同じ世界はこれまで描かれて来たところとまったく異った光景として現われる。それは「みんな幸福そうに見える」どころか、いたるところ憎悪と恐怖に満ち、猜疑と不信の嵐がふきすさぶ荒凉とした世界である。一つ一つの「臨時措置」が大した変化でないどころか、彼等の仲間にはまさに微細な変化がたちまち巨大な波紋となってひろがり、ひとりひとりの全神経はある出来事、ある見聞、ある噂によって、そのたびごとに電流のような衝撃を受ける。日々の生活は緊張と不安のたえまない連続であり、隣人はいつなんどき密告者になり、友人は告発者となり、同志は裏切者に転ずるかも測り難い。ぎらつくような真昼の光の中で一寸先の視界も見失われるかと思えば、その反面どのような密室の壁を通してでも無気味に光る眼が自分の行動を、いや微細な心の動きまでも凝視しているかのようである」
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「小山俊士は「藤岡論理の非論理性を暴く」(『週刊金曜日』一九九七年二月二八日号)で、あまたの批判者のなかではじめて藤岡の教育理論の全面的な批判をはじめた。そのなかで彼は、「最近の藤岡の『従軍慰安婦を中学校で教えるな』という主張も、被害者の証言に対するいちゃもんのあとに残るのは、『人間の暗部を早熟的に暴いて見せること』は『子どもの人格を崩壊させる教育になる』ということだけだ。かつての『社会主義的な人間を育てるための教授法』を、『愛国的な人間を育てる』という目標に乗り換え、そのまま主張されている。その背景にあるのは教育によって子どもなどいかようにでもできるという傲慢な教育観である」と述べている。この「傲慢な教育観」は、藤岡が平和教育の実践的な理論家であったときから持ち続けていたものであったのだろうか。もしそうだとすれば、それはレーニン的な「外部注入論」を源泉にして、戦後民主教育理論のなかにも根強く生きていたものではないのか。」
栗原幸夫「歴史の再審に向かって――私もまたレヴィジオニストである――」
(『インパクション』102号、1997年4月号)
https://www.shonan.ne.jp/~kuri/hyouron_1/rekishinosaishinn.html
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「皇室典範」のあれこれ、天皇制にこびりついてた「神聖性」みたいなものがどうしようもない俗物達によってこれでもかこれでもかとこそげ落とされ、血統信仰のクソくだらなさが満天下にあらわとなった。が、日本においては支配の正統性獲得の象徴的かつ便利なツールとして活用される状態はもうちょっと続くのだろう
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例えば、「皇室典範改正案「男系男子」こだわるワケ」で「統一協会だから!」というリプをつけている方がいたが、連中よりもずっと前から「男系男子」で動いている日本会議系はどこいった?、と。
以前にも書いたが、山口定『ファシズム』(岩波現代文庫)にも出てくるが、〈思想・体制・運動〉でこうした大衆運動を構造的に把握するということを意識してはどうだろうか。
https://www.amazon.co.jp/ファシズム-岩波現代文庫-山口-定/dp/4006001568?__mk_ja_JP=カタカナ&crid=21SRCJ8PU0SYO&dib=eyJ2IjoiMSJ9.tbyNr7alpTRWFzUiTbOr_J3HdUB6EsHJ0qyJH-Y8-Itu-E_1-USa7CRWKT5BKtudpofvZNNa5-ZABpjl1edScglPhxo4yrr7RE-RtyENgE8QmNIz4lQqTGsukMDKNnE8GCzkuUPNN9dC-VGmaHblGIjaw9fu1Aa9RiQIYp1pabebeY6GvlmqFwIqVeYUdmFhCZII9JYhqlpwQYPy0rXkFYQANX8RZxyven7n7Ft38ljFHrXKSST_CIp-rojnFWYAvXOjUmhrzK42p_JogybgFWFBPHxMb-J5PQnuQFDF308.O-KnN5InkckxGyTkCfQr0Ms5fq-yuP9LL-fK-QXTbGg&dib_tag=se&keywords=ファシズム&qid=1783869162&sprefix=ファシズム,aps,237&sr=8-9&linkCode=sl2&tag=dfgrwe-22&linkId=5f0d697a37fd4432d961863ce8e0294d&ref_=as_li_ss_tl
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昨今の大衆運動上の実践(の形態)をめぐる「議論」から、その形態で誰を・どのようにオルグするのかをめぐる言葉がどうも少なくて、〈どう見られるか〉にもっぱら跼蹐している感があり。
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「伝統」にひれふす俗情に迎合して別の「伝統」を仕立て上げてみせるの、虚しい……。
もう10年前くらいにも書いたが、〈創造された伝統〉に対する否定は、〈伝統ではない〉と暴露することでも、〈伝統を創造すればいい〉でもないんじゃないの。〈伝統〉とおしだされるとコロッとイカレてしまうことを考察するところからはじめなければならんのではないか。
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「皇室のことは皇族に決めてほしい」と言う人もいるだろうが、それやっちゃ制度的にダメなんじゃないか。高市政権による皇室人間牧場的な取り扱い方こそが、まさしく日本国憲法下における権威と権力の関係を赤裸々に示している……と言えるのではないか。
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このひとのプロフィールに「分断のない社会をめざして」とあって、たぶん悪い人ではないのだろうが、もともと諸階級に分裂して相互に闘争している社会をなんら変革することなく、ただただ「分断のない社会」を目指すのって、階級的労働運動の根絶をめざした民社的な・あまりにも民社的な根性だから〈悪い〉、と思いました。
https://x.com/kono_kyoto/status/2079098495378842001?s=20
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どんな「秘密の質問」も最初の下宿の大家の名前を使っているが、問題はどの質問を選んだのかを覚えていないこと
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没落におびえる小市民たちの自己慰撫ツールとしての「差別」は以前から指摘されてきましたが、もはや臆面もなく「弱者」は死ね的な優生思想もろだしコンテンツまで投入されるわけですね
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「作者の問題意識が……」とか「作品として……」とか「現場のリアリズムが……」とかとかと高邁な評論を産出する以前的に、オーウェン・ジョーンズ『CHAVS チャヴ 弱者を敵視する社会』(海と月社、2017年)「さらしものにされた階級」章で描き出したような、下層労働者階級の人々(=チャブ)を晒し上げる(=チャヴ・ヘイト)コンテンツの一端である点は無視できないのではないか。
個人的にはクソYoutuberの被差別部落お散歩ルポ的な腐臭を感じる。
https://www.amazon.co.jp/チャヴ-弱者を敵視する社会-オーウェン・ジョーンズ/dp/4903212602/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&crid=QNQAQCYNTU0P&dib=eyJ2IjoiMSJ9.hvuJDxZ0ax_NMz15Pk9W6g.MG4d1Sh41SMtZPJVM1em9n5cYZty3Zkic50QL9mODWo&dib_tag=se&keywords=弱者を敵視する社会&qid=1785300792&sprefix=弱者を敵視する社会,aps,217&sr=8-1
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書評 伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』岩波新書、二〇二六年|藤崎剛人 @hokusyu1982 https://note.com/hokusyu/n/nebf1dc3b348c?sub_rt=share_pw
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駅の長いエスカレーター上り、前に立ってるものすごい短いスカートを履いてる人が煽ぐようにスカートをわざとひらひらさせており、ギョッとすることにパンツ履いてねえ、しかも坊主頭のおじさんだよというさらなる驚き。露出の人じゃねえか。そんな丸出しで、ぎょう虫の卵を振り撒いてたらどうするんだ。
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まったくそのとおりだと思います。自らが自らをオルグしていくわけですね。そういう場へ「頭数になりにいく」とわざわざ自己限定しなくてもいいんじゃないかと思ってた。
QT: https://www.threads.com/@yutorispiel/post/DavPBINE-Fg [参照]
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「デモに行って社会は変わるか?」という問いに対して、柄谷行人が「変わる。人がデモをする社会に変わるからだ」(大意)と答えたのは有名ですが、デモに行くことで自分自身もまた変わる、ということも添えたいです。
あのとき、政府のこんな横暴に声を挙げた、行動した、自分の時間と体力を使ってデモに行った――その記憶は、何年経っても社会と向き合うための自分の背骨になる、そう感じます。
デモをしたのに法案を潰せなかった、そうした失望もあります。しかしそれ以上に、多くの人がデモに行くというのは、「社会の公正と平和のために、自分はあのときデモに行った」という記憶をもつ人が社会に増えることです。そんな大きな社会変革があるでしょうか。
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上野千鶴子氏の「わたしが女性天皇を歓迎しないこれだけの理由」を読んだ。最近、こういうのを正面から商業媒体で言う人が少なくなっているなかでは目立つ論考といえるが、内容的には常識的かつ穏当なもの。
それにしても上野氏ほどの運動経験があれば、戦略的目標としての〈天皇制打倒〉の(32テーゼ以来の)歴史と現在的意味について、1節分くらいは触れてほしかったですね。
| WEB世界 https://websekai.iwanami.co.jp/posts/9748
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